スーパーサイエンスハイスクール(SSH)

南極の氷とその影響について

低温科学研究所 准教授 杉山 慎先生の講演内容を,生徒が取材し記事にしました

杉山先生

南極とは

南極は,地球の最南端にある氷河の大陸です。南極で一番大事だと強調したいのは「氷」です。写真で見てみると,南極は真っ白な氷で覆われているのがわかります。なぜ真っ白なのかというと,南極の98%(日本の約40倍)は厚さ約2000mの氷や雪で覆われているからです。このような氷の塊のことを氷河・氷床と言います。世界には大きく分けて3つの氷河・氷床(南極氷床・グリーンランド氷床・山岳氷河)がありますが,南極氷床が最も大きく,89%も占めています。グリーンランド氷床は10%,山岳氷河は0.7%しかないのです。

低温科学研究所とは

私(杉山先生)が勤めている低温科学研究所は北海道大学敷地内にあり,1934年に中谷宇吉郎が世界で初めて人工的に雪の結晶を作り,その6年後の1940年にできた施設です。この研究所では雪の結晶に始まり,氷河や南極・氷コア・森林の積雪など,地球上の冷たい環境でどんなことが起きているかを調査し,定義しています。
私は現在,氷河・氷床・南極というキーワードに基づいて研究しています。

世界の貯水量と南極の役割

地球の水の97%が海水で残りの3%は淡水です。その淡水の中でも氷河や氷床は75%もあるのです。残りの24%は地下水,0.8%は湖や土壌にあります。つまり,南極氷床が融けた場合,海水面は大きく上昇します。約60m上昇するといわれており,大陸面積が縮小するのみならず,他にも海の塩分濃度や温度が変化することが原因で,世界の温度が大きく変化してしまいます。海の温度が変わることで生物の生態環境も変わり,大きな影響を及ぼします。

南極氷床の減少

南極の下には,何万年も前に降った雪が固まってできた古い氷が眠っています。私達はその氷を掘っていき,色々なことを調査しています。南極の氷には小さい気泡がたくさん入っています。この気泡には,昔の大気の状況・気温などの大切な情報が詰まっています。この気泡を解析するために研究所では,解析が終わるまで南極と同じ温度で氷コアを保存しています。
南極では最近,氷が減少しつつあります。今の南極は年々気温が上がってきています。しかしだからといって氷がとけるわけではなく,南極の気温は冬で-80~-70℃,夏でも中心部は-40~-30℃と氷が溶けるには寒すぎます。ではなぜ氷が減少しているのかと言うと,降り積もった雪が固まってできた氷が増加していき,南極の氷床が海へ向かって動いていくからです。流動した氷はやがて海水面に接し,この海水に接した部分の氷(棚氷)が底面融解を起こします。底面がとけた氷は海に浮かんで流れていき,南極氷床は減っていってしまいます。

南極氷床の大移動

氷は固くてごろごろ転がるイメージがあろうかと思いますが,分厚くなると机に蜂蜜を垂らした時のように海に流れていきます。また南極氷床が減少する原因の1つはカービングというもので,氷が解けずに崩れて,氷山を海に切り離すことを指します。流氷と似ているように思えますが,全く違います。カービングは,雪からできた氷が陸から切り離されてできますが,流氷は,海水が凍り海氷となって流れていくもので,氷のもとになる水が違います。基本的に降雪量と棚氷の底面融解・カービングのバランスで,氷床の増加・減少が決まります。また南極では氷が蜂蜜のように動くということが重要なこととなってきます。

南極の氷は減っている?

南極大陸に雪が溜まったままでは氷が溜まる一方です。それが,ある程度溜まると氷が自らの重みで自然に海へ流れていきます。ところによっては1年間で数百mから数kmという非常に速い速度で流れています。内陸に降り積もった雪は氷となり,細い川を流れ始めます。海に近づくにつれて大きな川となり,ここから氷が海に吐き出されているので,氷床は減少傾向にあります。しかし,氷山となった氷床の水はその後融けて蒸発し,また雪となって南極に降るので水分は循環しています。 なぜ南極の氷が減っているかは,明確にはわかっていません。しかし,ある仮説が立てられています。その仮説とは,海水の温度が上昇していて棚氷の底面がよく解け,棚氷が弱くなっている,ということです。つまり,多くの棚氷が底面融解を起こし,大きな氷がカービングされているということです。しかし,これを証明するためには実際に南極に行くほかには方法がありません。よって,私たちは南極へ行って調査することを決めました。これらのことは,上から見ただけではわかることではなく,厚い氷に穴を開けて調査しました。

杉山先生

南極調査

調査地は南極にあるラングホブデ氷河です。昭和基地からは20kmほど離れたところにあります。氷床の中心では年間100~150mほどの非常に速い氷の動きがあるため,ここを調査地としました。まず「しらせ」という砕氷船に乗って昭和基地まで行きます。毎年,11月の中旬に日本を出発し12月の下旬に到着します。調査団一行はオーストラリアから乗り,南極まで行きました。昭和基地までは「しらせ」で行くことができますが,ラングホブデ氷河まではヘリコプターで行きます。 安全な陸地に降り,安全が確認されてからもう一度ヘリコプターを呼んで3~4tの色々な機材を下ろしてもらいました。今回4~5人の調査員で活動しました。「しらせ」には様々な研究者が乗っているため,大人数での作業はできません。1カ月調査するにあたって食料は1.5カ月ほどの分量を持っていきます。

ラングホブデ氷河での調査

どこに接地線(氷が陸から離れて棚氷になる部分)があるか,氷河の下がどうなっているか,棚氷の下がどのようにとけているか,また海の性質や,氷が陸の上に乗っているとしたらそこがどのようになっているのか,などを調査しました。予想した接地線よりも上流側にありましたが,どの氷の下も海が広がっていました。
穴を掘るときは,10mほどの穴ならばドリルや金属棒を使用でき,20mほどならば蒸気で掘ることができますが,400~500mは掘ることが到底できません。氷のサンプル採取ができる氷コアは3000m掘るのにおよそ5年もかかってしまいます。そのため今回はお湯をジェットで氷に当てて掘ることにしました。消防車のホースに似た500mほどのホースから80℃のお湯をジェットで噴射しました。簡単そうに見えますが圧力を均等に当てなくてはならないため,なかなか難しいものです。掘削には10時間ほどかかります。その時,カメラを先端に付けたステンレス製の缶を入れ,穴の中の様子を撮影しました。400mの氷はテレビ塔約2.5本分ありますから,その高さからカメラが氷の底に当たっていることがわかると刺激的でドキドキします。

棚氷の下は?

測定してわかったことは,氷が海と接地しており,その距離は意外にも長かったことです。
もう1つは偶然カメラにエビのような生き物が写っていたことです。生命体が生きていられる不思議さを感じ,海と棚氷が繋がって栄養が運ばれてきていることが発見できました。
このことをもっと詳しく調べるために海の温度と塩分濃度を測定しました。すると,氷河の下の奥で測定された温度と塩分濃度が氷河の前にある海と一致しました。つまり棚氷の下は,外洋と全く同じ海水だったのです。ここからわかることは,常に強い流れが棚氷と海をかき回し,暖かい水が氷を溶かすという強い循環があることです。常に海水が循環し棚氷をとかしていたのです。
氷と海と生物がどう関係しているかということが,また南極調査の進展に繋がると思います。

地球との関連性

大陸の氷はとても大きく,それが増えたり減ったりすることによって地球に大きな影響を与えます。南極はかなり遠くにあるので,多少氷が変化してもそんなに影響がないと思われがちですが,やはり関係があるのは海で日本とつながっているからです。海は私たちが住むすぐそこの石狩川までつながっています。地球の海の水は1000年2000年かけて地球を循環しています。南極から送られてきた水はこの先数百年,数千年すれば,私たちの近くにまでやってくるのです。

ICCPでの発表

ICCPとは,世界中の研究者の研究成果を集約して世界中の政策・政治・環境への対策に活かそうとしている機関です。そこで,地球に関してわかっている最先端のことを発表しています。南極については,はっきりしていないことが多いです。そもそも南極に行くのも遠いですが,日本の面積の40倍,厚さ2000m程ある氷を測定しなければならず,氷の量は減っていますが,減っている量は,はっきりしません。私達がすることは,これらの数字をより正確にし,氷の下はどうなっているのか,なぜそうなるのかを研究し,南極のメカニズムを明確にすることです。地球で一番わかっていないというほど,未知の世界なのです。

南極とアートとの関連性

芸術は主観的なものだと考えられます。現実にあるどのようなものでも,その人が美しいと思えばそれは芸術になるのです。しかし,科学はだれでも繰り返し行える,また過去の人がしたことも今できなければならない,相対的なものです。たとえば,アーティストもデザインもどちらも表現すると思いますが,デザインは普遍的で誰が見ても美しい,わがまま勝手ではないが,アーティストはある意味わがまま勝手なのではないのでしょうか。そして,地球がデザインされたものだとすると,本当の意味での科学は,周りのことを気にせず研究を続ける,それこそが芸術だと思っています。私(杉山先生)もそういった研究をしていきたいです。

高校2年 高校2年 藤松 錬,梨木柚里,卜部太一,田仲亮太,小野愛美